One thought on “18/04/14 柳田敏洋神父の講話 『私たちはどこへ向かうのか?』

  1. 私はキリスト者になっていても渇きをおぼえ続け、自分は異端だと思ってきました。とりわけ西洋キリスト教に身体性が欠けていることと、聖書の日本語表現の不適切さは、まさしく私にとってつまずきであったので、柳田神父さまのお話で、やはりそうだったのかと、深く納得いたしました。
     若い頃から禅に惹かれ、良道師の本に出会ったのは数年前ですが、身体に戻れるのが何よりうれしいし、「青空としてのわたし」というイメージがとてもしっくりきました。去年から「京都マインドフルネスの会」に参加するようになりましたが、ワンダルマメソッドに関わるときにはとりあえず、自分がキリスト者であることを脇に置いています。良道師がおっしゃることをキリスト教の言葉で置き換えようとせず、そのまま受け取るように。
     そんな折に聞いた柳田神父さまのお話は、決して概念的な言葉の置き換えではなく、おそらく神父さまの体験に根ざしたものだからでしょう、心に沁みてきました。イエス・キリストは100%神であり、100%人であるということは、初めて聞いたことのように衝撃的でした。よくわからないながら、ここに非常に大切な奥義があるのだと感じています。ご聖体の意味もここに関わっているのでしょうか。そのお話もぜひ拝聴したいと思っています。
     今回は一法庵のサイトからお話を伺いましたが、いつかぜひ「青空の黙想リトリート」に参加したいと思います。

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